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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)437号 判決

控訴人

藤原重幸

右訴訟代理人

関口宗男

被控訴人

池田守

右訴訟代理人

浪川道男

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

名古屋地方裁判所が同庁昭和四八年(手ワ)第二二七号約束手形金、小切手金請求事件につき昭和四八年七月一九日言渡した手形判決のうち約束手形金請求に関する部分を認可する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人は前記手形判決添付目録(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)記載の約束手形金についての被控訴人の請求に対する原判決の認定判断についてのみ不服申立をしているので、以下この点のみについて判断を加える。

二控訴人は前記約束手形(以下本件約束手形という)について、その振出を争い、いずれも訴外沢木満の偽造にかかるものである旨主張するので、まずこの点について検討する。

〈証拠〉を総合すると、控訴人は訴外沢木満とは商売上の取引関係で知合いとなり、控訴人の勤務先に右沢木の義弟を紹介したことから親交を深めるようになつたこと、控訴人が本件手形等の提出に使用された印鑑を沢木に貸したのは、控訴人が沢木の依頼によつて同人が愛知県信用保証協会の保証のもとに株式会社三和銀行から金二〇〇万円を借り受けるについて、連帯保証人になることを承諾して昭和四七年一月か二月頃に自己の印鑑を沢木に交付したこと、その後控訴人は沢木から保証の切替に必要だからといわれて、沢木に対して、右印鑑を五、六回にわたつて貸したことがあること、控訴人としては右印鑑は沢木が愛知県保証協会の保証のもとに右銀行から融資を受けるについてその保証をすることだけに使用されているものと信じていたものであつて、本件約束手形を控訴人名義で振出すことを許容したことはなかつたし、又他の手形小切手についても、そのようなことを許容したことはなかつたこと、昭和四七年一〇月頃訴外山川守夫から手形が不渡になつた旨の連絡があつてはじめて、右印鑑が本件手形等の振出に勝手に使用されていたことを知つたこと、本件手形等の振出人欄に押捺されている「沢木本店代表者藤原重幸」なるゴム印は沢木の作成にかかるものであつて、控訴人の全く知らなかつたものであること、控訴人は右沢木本店の代表者として共同経営をすることや、沢木本店藤原重幸名義で金融機関と取引することや、商業上の取引をすること等を承諾したことは一切なかつたこと、従つて控訴人としては株式会社三和銀行名古屋駅前支店に自己の口座か開設されていることは全く知らなかつたものであること、被控訴人は本件手形取引当時には金融業者山川守夫こと趙守夫の手形の取立等の業務に従事しており、本件手形金を沢木や控訴人から取立てるについても、山川守夫の指示のもとに行つてきたことが、それぞれ認められ、〈る。〉

右認定の事実によれば、沢木満は控訴人に代つて右記名印、名下印の押捺の権限を与えられたことも、本件手形等の提出について控訴人から代理権を与えられたこともなく、単に控訴人が訴外沢木満から愛知県保証協会の保証のもとに株式会社三和銀行から融資を受けるについて、連帯保証人になるよう依頼を受け、右沢木に印鑑を貸したところ、同人においてこれを冒用し、又控訴人の記名についても沢木が右記名印を勝手に作つてこれを冒用して控訴人の提出名義の本件約束手形及び小切手を作成したものであるから、本件手形の振出人としての控訴人名義部分は右沢木によつて偽造されたものといわなければならない。

三そこで被控訴人の予備的主張について検討する。

(1)  被控訴人は請求原因(七)において、その主張のような理由により、控訴人は民法一〇九条又は一一〇条によつて本件約束手形を支払う義務があるというが、右二の認定事実によれば控訴人が本件手形等の振出に使用された印鑑を沢木に貸したのは、右で認定したような経緯のもとに右印鑑を沢木に交付したに過ぎないもので、自己を借受名義人とすることを許諾したことも、又控訴人が同人名義で三和銀行と当座勘定取引契約を締結することを沢木に許諾したこともないのであるから、控訴人は沢木を自己の代理人とする旨を対外的に表示したものではないというべきであつて、前示〈証拠〉も前叙二の認定事実に対比すれば右主張を認めるに足りるものではない。

次に被控訴人の民法一一〇条にいわゆる越権による表見代理の主張について按ずるに右二で認定したように控訴人は右沢木が株式会社三和銀行から金二〇〇万円を借り受けるについて、連帯保証人になることを承諾して、自己の印鑑を右沢木に預けたものであるから、沢木に控訴人が株式会社三和銀行と連帯保証契約を締結する代理権限を授与したものというべきである。

そして、右の認定によれば本件約束手形の振出は右沢木の偽造にかかるものであり、〈証拠〉によれば、被控訴人が本件約束手形を取得する以前に控訴人名義で振出されて、その支払期日に決済された手形、小切手の存在が認められるところ、前叙二の認定事実によれば、控訴人は沢木に対してこれらの手形、小切手についても、本件約束手形についても、その振出の権限を与えたことはなかつたものであるから、かかる場合右沢木が前記連帯保証をなす代理権限以外の本件約束手形の振出行為をなしたことを目して民法一一〇条の越権による表見代理といえるか否かは、同法所定の正当事由の有無にかかつているものといわなければならない。

控訴人は、本件約束手形の振出人欄は「沢木本店、代表者藤原重幸」になつており、訴外山川守夫と沢木が取引をしていた当時には、右小川や被控訴人は控訴人を知らなかつたのであるから、当然右沢木と控訴人との関係を調査確認すべきものであるのに、かかる措置をとらなかつた右山川や被控訴人には沢木に代理権ありと信ずべき正当事由はないと主張する。

前叙二の認定した事実並びに〈証拠〉を総合すれば、沢木は山川守夫から本件手形の割引を受ける頃までに同人とは、同人から融資を受けるために一〇〇回以上にわたつて面談していること、本件手形金を被控訴人から受領したのは沢木であつたこと、右山川も被控訴人も当初控訴人には全く面識がなかつたこと、そして本件手形金の請求は振出名義人たる控訴人にしないで、専ら沢木満にしていたこと、右沢木においても本件手形金は自己が支払う旨被控訴人に述べていたこと、しかし沢木が支払わないので、振出名義人である控訴人に請求するようになつたこと、控訴人は前叙認定のように昭和四七年一〇月頃山川守夫から本件手形が不渡になつたことの連絡を受けてはじめて印鑑を冒用の事実を知つたこと、そして被控訴人はその頃右山川守夫の手形の取立等の業務に従事しており、本件手形金を取立てるについても山川の指示のもとになしていたこと、控訴人は被控訴人からの呼出で山川守夫の事務所に赴いたが、その際に、被控訴人や山川に対して、本件手形については一切知らないということ、沢木に連絡して実情を聞かなければ判らないので、現実に手形を提出した沢木を連れてくること等を話したこと、その際山川が控訴人に対して、これに署名と指印をしないと帰らせないと強要するので、控訴人は沢木夫婦と同行のうえ不渡手形について解決すること、万一違約した場合は控訴人の勤務する会社へ来て社長に相談されても又他の方法で処置されても異議の申立てはしない旨の文書(甲第一二号証)に署名指印したこと、その後控訴人は同人の勤務先へ被控訴人らが度々訪ねてきたり、電話をひん繁にかけてくるため、仕事ができなかつたり、他の社員との関係等から迷惑をうけていたので、これをやめて貰うため、他から借金をし、被控訴人に対して昭和四七年一〇月二七日から翌四八年一月二九日に至る間、三回にわたつて合計金四〇万円を支払つたことが各認められる。

右認定の事実によれば、右山川守夫においても又被控訴人においても本件手形の割引による融資を受ける主体は本件手形の振出名義人が「沢木本店代表者藤原重幸」の記載になつていても、控訴人ではなくして、右沢木満であることを認識していたものと推認しうるのであり、又被控訴人は金融業者であつて、本件手形の裏書譲渡を受けた当時には控訴人と全然面識がなかつたものであるから、右沢木に本件手形の振出の権限があるかどうか、同人と控訴人との関係はどうか等について、振出名義人の控訴人について調査確認すべきものであつた。

ところが、〈証拠〉によれば被控訴人は本件手形の譲渡を受けるに当つてこのような措置をとることをしなかつたことが認められ、また右の確認手続は一挙手一投足の労で十分にできたものと認められるのであるから、被控訴人において沢木が控訴人名義の本件約束手形を振出す権限を有していると信じたとしてもかく信するについて被控訴人に過失があつたものと認めるのが相当である。

(2)  被控訴人は請求原因(八)において、その主張のような理由により、控訴人の本件約束手形の振出についての無権代理行為を追認したものであるというが、さきに認定したとおり、控訴人には本件手形について責任を負うという追認の意思は全くなかつたものと認められるから、被控訴人の右主張は採用することができない。

(3)  被控訴人は、請求原因(九)において、その主張のような理由により、控訴人は商法二三条により名義貸与者として本件約束手形金及び小切手金を支払う義務があるというか、右主張を認めるに足りる証拠はなく、却つて前記二の認定事実に〈証拠〉を総合すれば、控訴人は右沢木に対して自己の氏名を使用して雑貸販売業をなすことを許諾したことも、控訴人名義で株式会社三和銀行と当座勘定取引契約をなし、約束手形及び小切手を振出すことを許諾した事実は存しないことが認められる。又前記〈証拠〉も被控訴人の右主張を認めるに足りないから、被控訴人の該主張は採用するに由ないものである。

(4)  被控訴人は、当審で付加して、控訴人は本件手形において同人が振出した外観を作出したのであるから、その責任は免れないと主張するが、当該手形振出人の署名又は記名捺印が有効になされたことを前提としてその署名又は記名捺印を信頼したものを保護する場合ならば格別、本件手形にあつては前記二において認定説示したように、右手形の振出人としての控訴人名義部分は沢木によつて偽造されたものであるから、かかる場合にまで手形の外観を保護すべき理由はないものと解する。

四以上の次第であるから、被控訴人の控訴人に対する本件約束手形金請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを認容した原判決は失当であつて取消を免れない。

よつて、前記手形判決のうち本件約束手形金請求に関する部分はこれを認可することとし民訴法三八六条、四五七条、八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(丸山武夫 林倫正 高橋爽一郎)

別表 (一)(二)〈省略〉

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